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青春の思い出:高校時代の彼女編

by マラどーな

2012年01月31日(火) 11時03分 · 恋愛・不倫, 昔はよかったの??

そうそう。昔は携帯なかったから、待ち合わせなんかもお互い同じ時刻に同じ場所に来ているのに
会えなかったり。逆に会えた時の喜びは最高だったり。。。

*   *   *   *   *

コクる事はコクったけど、その後何も出来ない情けないオイラに対して、
しびれを切らしたのか、彼女のほうが動いた。

彼女のほうから、こちらのテリトリーに入ってきた。
つまり、美術部に入部してきた。

当時、美術部は非常にマイナーな部で、
上級生は、男子2名、女子0
2年生は、男子3名、女子3名
1年生は、新学期が始まったばかりなので、まだ誰も入って来ず。
あと、名前だけの幽霊部員が4-5名。
そんな美術部に、コクるだけコクって、あとは何もしてないMちゃんが入部してきた。

ひゃ〜〜〜。

当時の入部のルールって、どんなんだっけ?
確か、顧問の先生に申請して、部員に紹介されて、部長がいろいろ細かい部分を教えて、、、
まぁ、運動部ならまだしも、マイナーな文化部だから、
入部退部に関してルールらしいルールなんてあるわけも無く、ほとんど自由だった。
出席するのも欠席するのも全く自由。
絵を描いても描かなくても、宿題をやっても自由。

そんなユルーい、放課後の部活動中の美術室に、
部員が5-6人、各自好き勝手バラバラに絵を描いている美術室に、
時々、失敗して丸めた紙でキャッチボールをしているような美術室に、
粉ミルクの缶のフタでフリスビー遊びしている美術室に、
隣の軽音楽部の奴らと伊勢正三について熱く語ってる美術室に、、、
突然、顧問の先生と一緒にMちゃんが入ってきて、
「今日からMさんが美術部に入部しましたので、みなさんよろしく」と紹介した。

3年生の部長(部長と言ってもほとんど絵を描かない、遊んでばかりの部長)が、
Mちゃんにロッカーのダイヤルを教えたり、部日誌の書き方や、当番などの部のルールを教えた。
また新入部員の最初の課題の、面取りした石膏像の木炭デッサンを描く為の画材等を渡して細かく説明してた。

オイラはというと、部長から説明を受けてるMちゃんを遠目で見ながら、
当時描きかけていた油絵の静物画を、集中力を無くし上の空で筆を動かしていた。

部活動の終わり時刻は何時だったっけ?
多分、6時くらいだったと思う。
「部活動を終えて下校してください」的な校内放送が流れ、
オイラはMちゃんに話しかける事も出来ず、Mちゃんも他の女子と一緒に後片付けをして帰っていった。

あうぅ。せっかく彼女のほうから動いてくれたのに、情けないオイラ。

3月上旬に電話で「付き合ってください」って言ってOKの返事をもらって、4月上旬。
1ヶ月も何も話してない。話せない・・・・・。
てか、異常に緊張して、意に反してよそよそしくしてしまう。
消沈しつつオイラも後片付けして、他の男どもと一緒に美術室をでる。

外はもう薄暗くなってる。校門近くでサッカー部の連中と出会う。
サッカー部も当時はそんなに強くなかったので、6時には部活動を終えていた。
ヤツらは、校門近くでボールのパスまわしをして遊んでいた。
消沈した気持ちを吹き飛ばすかのように、オイラはボールを奪いにいった。
5-6回チャレンジしたら奪えた。なんだよ、サッカー部のくせにヘタだな。

 

そんなユルいサッカー部も、オイラ達が卒業した約10年後にメキメキと強くなり、
全国大会ベスト4まで行った。
その時のメンバーの一人は、大学→実業団→Jリーグ→日本代表とスターの階段を登り、
ドーハの悲劇となった試合にも出場した。

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Man & @Woman

by キトーケン

2012年01月31日(火) 03時45分 · 仕事について, 昔はよかったの??, 音楽の話題

高校生の頃、彼女の家に電話をすることは、
けっこうビクビクもんですたね。
昔はケータイが無かったですからね。。。

万が一親御さんが出たら、、、
特に、お父様なんかが電話口に出たりしたら、、、
もう、、、(汗汗汗
…そんな恐怖を乗り越えてきた分だけ(ほんの50HPくらい)、
オッサンたちのココロは強いかもです・・・

今は、電話で言いづらいことは、メールで伝えられるし。。。
ホント便利な世の中。

でもケータイ&メールのおかげで、
一見、人間関係が密になっているようで、
実は逆に、希薄になっているような気がするのは、、、
僕だけでしょうか?

MY LITTLE LOVER – Man & Woman

この曲、とっても好きです。
カラオケでもよく歌います。。。(カラオケの映像もこのPVが多いっすね)

Man & Womanがヒットしていた1995年頃、
初めて自分のケータイを手に入れた記憶があります。
番号メモリーが10件しか登録できないとかの世界・・・

 

父親が他界して、ようやく様々な抑圧から解放されて、
本当の意味で自分の人生が始まった頃??

キャバクラに通っていたのも、いろいろな夜遊びをしていたのも、
当時がピークだったかもしれません。
離婚したり再婚したり、子供が生まれたり、仕事で独立したのも、、、
全部この前後だったような。。。(かなーりバッファあり)

バブルは弾けていたのに、(バブルは1988-1992年でよかと?)
まだそれに気がついていない人々が、たーくさんいた時代。
それでも、今の日本よりはぜんぜん元気がありましたねーー。

 

ヴェルサーチのスーツに、
2シーターのベンツなんて感じの先輩デザから、
たまーに、AVのパッケージデザインなんてゆー、
ちょいヤバなお仕事ももらっていました。。。

フリーになりたてで、仕事を選べなかった僕。。。

今では、歩くコンプライアンス、CSRの教祖様、
よっ!ガバナンス大将!!とか、
見よ、あのお方がサステイナビリティご本尊様じゃー!!
とかって。。。
言われてる。この。僕。が。A。V。

…つーか、このネタ前にやってるっしょ!

 

そんなことより、今日はもう1月の最終日なのです。
ついこの前、クリスマスだカニだ、正月だってうかれてたのに・・・

商売人にとって、月末日は重要な意味のある日なのです。
入金があり、支払いがあり、出納具合によっては、、、
悲喜交交。

先ほどまで、ハニーが外注費他支払い諸々を計算して、
帳簿をまとめていました。
その結果、この1月末はなんとかトントン。
でも、2月末や3月末はこのままでいくと、、、
かなーりヤバイ数字が出ています。。。(汗汗

もともと、商売は「にっぱち」といって、
2月と8月は売り上げが落ち込むのが定説なのですが、
最近のはそーゆーのじゃないんです。

もっと構造的な感じ。。。

各企業さんの内製化が進んでいる上、
なにしろ単価が落ちています。。。
感覚的には10年前の3分の2か、
モノによったら半分。

けっこう忙しくしてるんですけどね、、、
なかなか以前のように、大きな売り上げには繋がらないですねー。

うちはまだ、信金さんの借り入れワクが多少残ってい、、、

 

…なんだか、延々とグチになりそうなので、この辺で。

 

とにかく、リーマンショックからこっちは、、、
いいことないっす。。。
クルマも、もう6年乗り換えてないっす。。。あーあ。

 

すんません。ほーけーの話のつづきとか書かなくて。
こんな雑談。。。

元気、やる気、いわき?…で、がんがりまっす。

…ピンクかよ!

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青春の思い出

by マラどーな

2012年01月30日(月) 17時31分 · 恋愛・不倫, 昔はよかったの??

ふ〜ん、青春ドラマっぽい思い出ですなぁ〜。ほろ苦いなぁ〜。
オイラの場合は、そこまでほろ苦い思い出じゃない。

*   *   *   *   *

高校3年間、付き合った女の子がいた。
正確に言うと、高校1年の終わりにコクって、卒業まで付き合ってたから、丸2年間。
同じクラスに、ぽっちゃり系のかわいい女の子がいた。
オイラ、なぜかぽっちゃり系が好きなんすよね。ドストライク。

芸能人なら、スーちゃんから始まって、デビュー当時の深キョン、そして今なら磯山さやかちゃんと、
すべてぽっちゃり系。全くブレない。

その彼女には、高校1年の3学期の期末テストが終わった日に、
彼女が家についた頃を見計らって電話でコクった。心臓バクバクだった。
公衆電話に立てこもり、電話のダイヤルを途中まで回しては止め、回しては止めを繰り返し、
「よし!時計の針が3ピッタリを指したら電話する!」みたいな自分のルールを決め、
「やっぱり4を指したら電話する!」と、次々にルールを緩和しつつ電話の前でモジモジしていたが、
意を決してついに電話した。

どんな事を言ったか覚えてないが、たぶんストレートに「付き合ってください」とでも言ったと思う。
返事はその電話ではもらえなかった。

次の日の昼休み、別の女の子から呼び出されて、音楽室だか理科室にいった。
そこには同じクラス5-6人の女の子とともに、コクった相手の「Mさん」もいた。
え?え?? 何事??
袋だたきにでもあうのか?

呼び出した女の子が言った。
「Mさんが、マラどーなさんと付き合ってもいいって言ってるよ」

うひゃー、もうみんなに知れ渡ってるのかよ。かこわるーー。
オイラは返事もロクにしないで、その場を逃げるように去った。

どちらかと言えば、それからのほうが大変だった。
むこうは一応OKしてくれたんだが、こっちとしては女の子と付き合った事もないわけで、
何をどうすればいいかもわからないわけで、でも、周りの女の子は、その事を知ってるわけで。
常に周りから一挙手一投足を監視されてるみたいで、
教室内を歩くだけでも、右手と右足が同時に出るみたいな感じで。

逆に、オイラのほうは、仲のいい友達2-3人にしか言ってなかったし、そいつらも言いふらすような事はしなかったので、男側には全く気付かれてなかった。

話をするような雰囲気もなく、春休みに突入した。

春休みも特に会う事もなく電話もせず、4月の新学期を迎えた。
2年になってクラス替えがあり、別々のクラスになった。より話す機会もなくなった。

Mさんは当時は部活をしてなく、授業が終わったら即下校していた。
オイラは美術部に入っていたので、授業が終わるとすぐに部室に行っていた。
学校内で顔を合わす事すら少なくなっていた。

コクるだけコクって、あとは放置プレイ。向こうにとってはいい迷惑だったんでしょうね。
あ〜、じれったい。

やがて、彼女のほうが動いた。

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エガちゃん@応援コーナー

by キトーケン

2012年01月30日(月) 02時36分 · 恋愛・不倫

江頭2:50さんを応援するコーナーです。

 

日曜日の夕方はなんだかもの悲しいですね。
サザエさんのエンディングテーマの流れる時間帯の、
寂寥感といったら・・・

 

昨日の話のSちゃんとは、彼女の提案で、
将来のために二人で協同預金なんかもしていました。。。

ちょっと前にカキコした新聞勧誘の話は、
ちょうどSちゃんと別れて半年後くらいのことだったかと・・・
とても自暴自棄になっている時代でした。
その後10年くらいは、
どこかでその陰を引きずって生きることになります。

 

人生には3つの坂がある・・・
上り坂・下り坂・まさか!

 

女性は切り替えが早くて羨ましいです。(人それぞれかと…)
男はけっこう引きずります・・・(人それぞれかと…)

これはハニーには絶対に言えないんですが、、、
本日現在、未だに銀行のキャッシュカードの暗証番号、、、
「Sちゃんの誕生日」だったりするのもあるんです、、、

…未練を超えてキモイわ!!!

 

東京、震災の余震とは明らかに違う地震が頻発していますね。
震災直後の3ヶ月は東京も余震で揺れに揺れましたが。。。
いっとき、揺れすぎて地震に鈍感になった時期がありました…

でも、ここのところ、、、また、、、
毎週1〜2回は震度3っておかしくないっすか??
震源地、山梨県とかだし・・・

なにやら地球規模の大きなエリアで、
地殻変動期に入ったなんて噂も耳にします。
ちょっと心配です・・・

まあ、なんだかんだ言っても、
僕みたいな市井の人間は、
目先のことを一つひとつやって行くしかないですね。

 

今週も地道に、、、がんばりましょう!

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散髪

by マラどーな

2012年01月29日(日) 14時37分 · 美容・ダイエット

ノーパン喫茶、浣腸と話が続いたら、次は散髪の話をしないといけない。
当然ですよ。散髪屋大好きですよ。

小学生の頃、散髪屋に行くのが大好きだった。
なんで好きだったかというと、マンガ本がいっぱい置いてあるから。
少年マガジン、少年画報、少年キングなどの週刊ものから月刊ものまで
待合室には山ほど積んであって、待ってる時間に片っ端から読みあさるんですよね。

同じクラスに散髪屋の息子がいて、その家にはオイラと同じように
漫画本目的で散髪にくるやつも多かった。

散髪が好きというより、散髪の待ち時間が好きだったんだな。
混んでて1時間2時間待ちなんて、まったく平気だった。
むしろ、あえて混む時間帯に散髪屋にいってた。

でも、大人になってからは散髪が嫌いになった。
待ち時間がイライラするから。
あと、中学3年間が丸坊主だった反動もあるのかどうか、
人より長めの髪型にしてしまう。
だから、散髪屋に行くのは、3-4ヶ月に1回程度。

パーマは、専門学校時代にあてた。
当時、原田真二さんがテレビに出ていた頃。
あの髪型に憧れて、カーリーヘアーにしていた。
この髪型は非常にラクだった、頭を洗っても乾かす必要なし。寝癖ついても全く問題なし。

そんなオイラが、社会人になって、パーマを落として、比較的短めの髪型にして、
友達に誘われて行った、とある散髪屋。
ザ・トップレス散髪w

どんな仕組みだったかを説明しますと、、、
店内は、上半身はだかのおねいちゃんがいっぱいいます。
で、上半身はだかのおねいちゃんに散髪してもらいます。
鏡にうつる、上半身はだかのおねいちゃんの上半身のたわわに実ってる部分。
普通の散髪屋だと、切ってもらってる時は目を閉じてるんですが、
その日は、眠気なんていっさいない!

髪を切り終ったあと、頭を洗ってもらうわけですが、
普通の散髪屋は、うつむいて、頭を流しのほうに突き出して洗ってもらいますが、
美容院だと、仰向けで頭を洗ってもらいますよね?

その、美容院方式で頭を洗ってくれるんです。
上半身はだかのおねいちゃんが。
当然、洗ってもらってる時の目の前には、上半身はだかのおねいちゃんの絶妙な部分がプルンプルンしてます。
口をとがらせ舌を伸ばせば、届いてしまいそうなところにプルンプルンしてます。
こちとら、やっぱり条件反射として、口を尖らせてしまいます。
もうちょっとで届くんですけどね。
敵もその辺は、計算してるんでしょうけど。

本当にマヌケですわ。

洗髪も終わって、頭も乾かしてもらって、店を出る時に1万数千ペロリンチョを払う。

その散髪屋は、次に行った時にはもう店はなかった。

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恋の一時間は@孤独の千年

by キトーケン

2012年01月29日(日) 04時24分 · クルマ・バイク, 恋愛・不倫, 昔はよかったの??

Sちゃん。
僕が生まれて最初に、本当に心の底から好きになった人。

 

まだ風の冷たい2月の伊東。
ゼミの合宿の打ち上げで初めて話しかけた。

トイレのスリッパを、
間違えて宴会場まで履いてきたことにバカウケ。

若い頃は何でも可笑しい・・・
彼女は18歳。僕は20歳。

 

東京に戻っての初デートは、
少しだけ春めいてきた、新宿御苑。
紀伊国屋書店で一緒に立ち読みをして、
アカシアでロールキャベツを食べて。

毎晩2時間も3時間も電話で話して。
それほど内容も無い話。

 

彼女は背が高くて、手足が長くて、
顔は、とっても美人なんだけど、、、
ある角度から見ると、不思議と変な顔。。。
まるで個性的なモデルさんのような感じ。

僕が乗っていたバイクに影響されて、
中型免許を取得。
お気に入りのヤマハSRX250トリコロールカラー。
たまに借りたけど、
単気筒のバイクは振動が心地よい。
パワーはないけれど、よく曲がる。

男前な性格。強情だけど甘えん坊でナイーブで。
1を聞いて50くらいを知るタイプ。

 

休日は必ず会って、ドライブ。
あても無く日光街道を北上したり、高速をぐるぐる走ったり。
一緒にいればただそれだけで楽しかった。
いつもじゃれあっていた。

フロントガラスから差す木漏れ日の中、
Sちゃんの笑顔がキラキラ光る。

+

それから数年。
楽しい月日はあっと言う間に流れる、、、

 

Sちゃんは広告会社に就職して、
しだいに社会の色に染まり始めて。
僕といるより、楽しいことがいっぱいあることに、
気がつき始めて。。。

そのころの僕と言えば、まだまだ精神的に幼くて、
キャパシティも小さくて。

僕は彼女に母性を求めていたのかもしれない。
拘束しようと焦れば焦るほど逆効果と知りながら。。。
傷つけてしまう悲しさ。

 

夏休み、一緒に行った佐渡島。
日本航空123便が御巣鷹山に迷走していた、
薄暮の時間帯、
僕らは両津の静かな港で泳いでいた。

そして、それが最後の旅行。

 

2週間後、よく晴れ渡った空。
夏の終わりを告げる雲が上空に広がっていた。

やけに静かな車中。
別れを切り出した彼女。決意は固くみえる。

僕はR16を一周した。
なるべく時間を稼ぎたくて。

 

最後に入ったモーテル。
静かな部屋に、遠くの花火大会の音がかすかに響く。

号泣する僕。
別れないでほしいと、すがって泣く。
そして、時間だけが残酷に流れていく。

 

最後の時。
Sちゃんを家の前まで送ると、
意を決してクルマを発進させた。
そして、いつものようにブレーキランプを5回点滅。

その日だけは、
「ア・イ・シ・テ・ル」ではなく「サ・ヨ・ウ・ナ・ラ」の合図。

 

ふと見た西の空には、
信じられないくらい大きな三日月が、
今まさに、地平線に沈もうとしていた。

とてつもない喪失感とともに・・・

+

たとえば10年後の花火の晩
約束の川辺に呼び出してね
Ding Dong 人混みをすりぬけきっと
涙があふれるかしら
まだ愛し合っていても
遠くなっていても
恋の一時間は孤独の千年

+

 

今は、ほーけーがどうのとか、
平気で言ってるオッサンになっちゃったけど、
これでも、若い頃はナイーブだったんでつ。

今でもSちゃんに会いたいと思うときもあるけど、
思い出は美しいままの方がいいのかな??

はぁ〜、歳はとりたくないですねーー!!!

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浣腸

by マラどーな

2012年01月28日(土) 20時06分 · 臭い話

病院ネタが続きますが・・・

*    *    *    *    *
前号(1月27日)でノーパン喫茶について熱く語りましたが、、、
ノーパン喫茶とくると、その次はやはり浣腸でしょう。

オイラが浣腸に目覚めたのは、かなり早かった。
小学校2年か3年の時だったと思う。

その当時、なぜかウンコを我慢するクセがついていた。
で、2-3日溜めて我慢しきれなくなってからトイレで一気に出していた。
溜めたウンコを一気に出すとき、すごく気持ちよかった。
直腸の内壁が外にめくれ上がるような、一気に噴出する喜び。
その「気持ちよさ」を味わう為に、ウンコを我慢していたんだと思う。

ある日、学校の下校時、じんわりと張っていた下腹が、急に痛くなった。
かなりの痛みだった。
なんとか家には帰る事が出来たが、もう立ってられないほどの痛みだった。

おかんにおんぶしてもらい、近くの外科病院にいった。
病院では診察を待ってる患者もいたが、けっこう優先して診察してもらった。(と思う)
診察室で医者にいろいろ聞かれた。
オイラは泣きながらいろいろ答えていた。

「あ〜、これは、そうとうウンコが溜まってますね。」

カルテにはドイツ語で病名を書かれるらしいから、たぶんVerstopfungとでも書かれたのだと思う。
そして、若いきれいな看護婦さんにベッドに横に寝かされ、ズボンとパンツを降ろされた。

そしてチラっと見た注射器のでっかいやつを肛門に入れられた。
3-40センチくらいの、先に針がついてない、でっかい注射器。
医者がゆっくりと注射器を押して、中の液体をオイラの直腸に注入していく。

冷たい液体が腸の中に入ってくるのがわかる。
小学生低学年ながら、情けない気持ちはあるけど、冷んやり感が心地よい。
横では、きれいなおねいちゃん看護婦がオイラの手を握ってる。

「あふっ」

声を出してはいけない雰囲気なのは、子供ながらわかっていたが、、、。

やがて、液体は全て直腸の中に注ぎ込まれた。
医者の先生曰く、出来るだけ我慢してからトイレに行くようにと。

直腸の中で、液体がカチコチに固まったオイラのウンコを溶かしているんだろうな感は感じられた。
お腹の中がぐるぐるなってきた。オイラは必死で我慢した。
おねいちゃん看護婦が握る手に力が入る。
「頑張って」
おねいちゃん看護婦が、そうつぶやく。

オイラは頑張った。でも下半身スッポンポンでチ●ポも半勃ち状態。もちろん防護カバー付。
あー、情けないったらありゃしない。

どれだけ我慢しただろう?たぶん1分かそこらだったと思う。
「もう、もうだめです」
おねいちゃん看護婦がオイラを素早く起こし、トイレに連れて行ってくれた。

和式のトイレをまたぎ、腰を降ろした瞬間、
「ドドドドドドドーーーー!ブリブリブリーーー!」
まるで、ナイアガラの滝のような感じとでも言うんでしょうか?

病院を後にしたオイラは、軽くなった体でスキップしながら家に帰りました。

家に帰った後、おかんに怒られた。
「バカか、アンタは。高いお金だして病院にウンコしにいっただけなんて!」

はい、おっしゃる通りです。かえす言葉もございません。

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PC&皮25%削減・同時施術@せんせい説得編

by キトーケン

2012年01月28日(土) 04時22分 · パイプカット, 包茎手術(仮性), 性イエス

表題の件、ずいぶん間があいてしまいました。。。
これは超個人的な事なので、思いっきり書ける内容です。。。ww
(恥ずいけど…)

つづき

パイプカット手術の予約しかしていないのに、
手術の直前になって包茎手術(仮性)もねじ込む。。。
かなり無謀なチャレンジ開始です・・・

+++++

僕「あっ、いろいろ準備とかも必要ですよね?いきなりは無理ですよね…」
先「…ん~」

きっぱりNGと言わない、、、先生は少し迷っているようです。
こりはチャンス!!!
一気呵成に畳み掛けます。

 

◉ここで[人たらし術・その1]→あなたは特別な人です攻撃。

先生の医療に対する真摯な姿勢とか、理念みたいなもの、
こちらの医院のホームページで拝読させていただきました。
正直、今回、手術を受けるにあたって、
いろいろな病院とかを比べてみたんですけど、
先生のおっしゃている言葉が一番信頼できるなっと感じて、
こちらに決めさせていただきました。
実際にお会いして、それは間違いじゃなかったんだと感じています!
無理なお願いと承知の上なのですが、ぜひ、ぜひ、
よろしくお願いいたしますー!!!

 

◉そして[人たらし術・その2]→相手の気持ちになって先回り攻撃。

でも、先生、お忙しいでしょうし、いきなりはアレですよね?
先生の午後のご都合とかに影響してしまうようですと申し訳ないですし。。。
えっ?人を待たせている?
やっぱり。(さっきの待合室のMRさんかな?)
えっ?でも少しくらいなら待たせられるんですね??
いいんですか?…さすがは先生、懐が深いー!!!

 

◉さらに[人たらし術・その3]→琴線に訴えかける攻撃。

ほんとうに昔からコンプレックスでして、、、女性の前とかでも、
あらかじめ、そっとムイてからそーゆー行為に及んだりとかしてるんです、、、
それに、先生、、、もう温泉とかゴルフ場の風呂とかでコソコソしたくないんです。
残りの人生、コレを気にせずに堂々と過ごしてみたいんです。
僕を、僕を、、、男にしてくださいーー!!!

 

先「わ、わかりました…わかりましたから」
僕「ありがとうございます、先生!!!」

やったの、、かな???

 

先「ただ、通常の場合は勃起時の写真を持参してきてもらっています」
僕「えっ???」

 

先「それがないと、どのくらい皮を切除していいのか分からないのです…」
僕「そ、それって長さを言ってもだめなんですか?」
先「ん〜、そういうケースは今まで無いですね〜」
僕「そこをなんとか、先生なら慣れていらっしゃるから、プロだからfuji..ko.」

 

なんだか、自分でもよくわからない事を言っています。。。
とにかく懸命です。。。

 

先「ん〜〜、まあ、じゃ、それでやってみますか? …でっ??」
僕「あっ、えーと15..いや、だいたい14センチくらいです…」

 

近くに女性の看護士さんもいました。
…少し盛っています。なにもこんな時まで、、、悲しい男の性です・・・

 

先「わかりました。手術は両方で40分もあれば終わるでしょう」
僕「ほんとうにありがとうございます、先生!」
先「では、移動しましょうか」
僕「はい、よろしくおねがいいたします!」

 

こうして、パイプカット&包茎(仮性)同時施術はその幕を開けた・・・

 

つづく〜

 

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ノーパン喫茶

by マラどーな

2012年01月27日(金) 20時50分 · 性イエス

昔、ノーパン喫茶というのが流行った。

Wikipediaには、下記のように書かれている。
++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++
[ノーパン喫茶]
1978年、京都河原町で誕生(?)。従業員が下着を履かない喫茶店。上半身は乳房を露わにし、下半身は見えそうで見えないがやはり見えるミニスカートと言うのが典型的なコスチュームで、最盛期には東京で170店舗以上、大阪で140店舗以上が見られたと言う。
++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++

オイラが行ったのは、1981年頃だったと思う。一人で行く勇気はなかったので、友人ら3人で行った。
場所ははっきりとは覚えないが、以前の関西テレビ社屋があった近くあたりだったと思う。
当時は20代前半、一番盛りがついてる年代、でも風俗にいけるようなお金がなかったので
ノーパン喫茶がぎりぎり行ける範囲の風俗だった。

店内は、やや薄暗い赤や黄色や緑の照明、そしてあま〜い香りの香水が漂っていた。
ボーイに案内されて、4人席に3人で座る。
テーブルを挟んで2人ずつ座る、一般的な4人席が一段低いところに設置されていて、
椅子は、応接セットの椅子のような、フカフカのお尻が沈むようなタイプ。
ミニスカのおねいちゃんがコーヒーなりソーダなりを運んであっちこっちウロウロするわけですよ。
オラ達は、最初は普通に座ってるけど、だんだん、腰がずり下がっていって、
こう、かなり無理な体勢で、コーヒーを飲みながらおねいちゃんを目で追いかけるわけですな。

ぐへへへ〜。

飲み物の値段は、たしかオールドリンク1,500ペロリンチョだったかと思う。
もちろん、アルコール類はメニューにはなかった。
そんで、確か時間制限が30分だったような???
もう、30分の時間いっぱい、腰をずらせるだけずらせて、目を凝らしてたわけですよ。
本当はのぞき込みたかったけど、そこまでやる勇気がなかった。うぐぐg

で、次の日、会社で先輩に「昨日、ノーパン喫茶行ってきたっす!」って報告したら
「おぉ〜〜」って事になって、数日後、7-8人を引率して行きますたよ。
で、みんなして腰をずらせて大してうまくもないコーヒを飲んだ。
今、思うと、そうとうマヌケですね。

7-8人の中には50代の年長者がいて
「今日の支払いは、私が払います」てな事で、みんなの分のコーヒー代、約1万数千ペロリンチョをお支払い頂きますた。

その節は、ごちそうになりました。この場をかりてお礼申し上げます。

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寒い@夜だから

by キトーケン

2012年01月27日(金) 04時00分 · 冬の風物詩, 結婚・離婚

今日はこの冬一番の冷え込みのようです。
確かに、この時間も寒いっす。

先日、東京に少しだけ降った雪も、
なかなか融けません。

+++++

ジャイ子ちゃんも20年経つと、
ずいぶんと変わるものですね。

ハニーも出会った頃は、
若い頃の葉月里緒菜さんみたいだったけど、
15年経った今は、、、
伊調馨さんみたいに変貌。

いや、伊調馨さんもけっこうタイプなんですけど。。。
マジで。

家事に育児に、ウチの経理に、僕のめんどう。
そりゃ、たくましくなりますわな。
言わないけど、いつも感謝しています。

そのうち、のんびり箱根でも行こうね。

 

みなさまも、暖かくしてお休みください。

 

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